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metachangのブログ

希望を探してさまよいます

千日回峰行に挑む覚悟

[明るい未来] 希望について

 

過酷な労働環境の中で、生き残る人と、心を壊されて退場する人の違いは何なのだろうか。

 

辛い状況のときに、よく、逃げてからやり直せばいいとか、殺される訳ではない、誰かが死ぬ訳ではない、と言われる。

 

だが、このおまじないが心を軽くしてくれないのは何故なのだろうか。

 

究極的に過酷な環境がここにある。

 

1300年で成功者は2人だけ! 1000日間48kmを歩き続け、脱落者は即切腹…過酷すぎる「大峯千日回峰行」を終えた僧の言葉

http://logmi.jp/41508

 

この行は失敗すると死がまっている。

 

なのに、何故この方は乗り切れたのだろう。

 

何となく、覚悟、という事が頭に浮かぶ。

 

この方は元より死んでいるつもりなのか。

 

それとも、死んでも良いと思って立ち向かったのか。

 

目の前のやるべき事しか見えていなかった、というより他ない。

 

いや、、よく分からない。

 

私にもこういう強さが欲しい。

 

手に入れられるか分からないけれど、出来た人がいる、という事実がなんと希望になることか。

 

それは野に咲く一輪の花をみて感じるように

 

それは志半ばで倒れても、それでも頂きを目指した登山家のように

 

少し希望を与えてくれる。

 

ありがとうそこに居てくれて。

 

そして私も、周りの人にとってのそういうものでありたい。

 

 

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長時間労働と創造性について

[暗い未来] 課題

 

日本の会社は長時間労働であると言われているが、その中身はなにをやっているのだろうか。

 

と、考えてみると、主に担当者と、成果を受け取るレビュアーの創造性を引き出す活動をやっているのではないかと思う。

 

よくある長時間労働の原因として、ゴールがはっきりしない文書を書いて、レビュアーにダメ出しされて直して、、、を繰り返すからダー

 

と言われていることは正しい。

 

状況としては正しいが、中身を見ればそれはより良いもの、より良いアイディアを出すために論旨なり、表現の手を変え品を変えて少しずつ成果に向かっている過程なのではないだろうか。

 

定型的な仕事ならいざ知らず、非定型の仕事はそんなものだ。

 

多分やっていることは正しいし、これは世界の何処でも行われている創造性を引き出すプロセスなのだと思う。

 

 

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

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ただ、間違っているのはそこに締切があって、それが固定化されているからなのでは無いだろうか。

 

やっている事が創造性を引き出すためなのなら、多分1日8時間以上は働いてはならないし、期限はもっと、品質に応じて、途中で柔軟に伸ばすべきなのだと思う。

 

伸ばした結果、機会費用と追加コストを払う事になるのだが、その手当ができない事が本当の課題なのだと思う。

 

 

 

Alexaの使い方

[明るい未来] 今後来そうなテクノロジーメモ

 

 音声をテキスト化してくれたり、テキストを喋れるだけでも、出来ることが広がりそう。

 

例えば本気で移動しながらスマホを使おうとすると、文章書くならフリックでもいいけど、指示の一環として入力するには音声じゃないと全然ダメ。

 

もう移動中の電話がやりにくくてストレスだったけど、最近は

 

  ホームボタン長押し->Siri起動->XXに電話!と叫ぶ

 

で漸く使い物になってきた。

 

多分そういう音声をつかったUXが実現できるもの、それがAlexaなんじゃないかと期待してる。

 

Amazon Alexaの基礎知識

 

 

 

日本の希望と私

[暗い未来] 課題

 

 ずっと考え続けている事がある。

 

日本の希望について。

 

どうも国の将来が暗い気がする。

 

こういう場合一般的には二つの可能性がある。

 

  1. 本当に国の将来が暗い場合

 

  2.実は自分の将来だけが暗い場合

 

最近の豊かな自分の生活を見ると2. は無いのかな、と思ってきたので、本当に1. なのではないか、と考え始めた。

 

これがこのブログを始めた理由だ。

 

 賢明なる読者諸兄はきっと2. 側の可能性が無いと考える理由を知りたいだろうから、このエントリがチラシの裏となることを恐れずに、まず自己紹介から始めさせて頂きたい。

 

私は一口に言えば中流よりも少し上の暮らしぶりであると思う。

 

  -大卒後東証一部上場勤務、妻子供ありで、妻は私と同じような会社で勤務している。

 

 -自身の実家もまた東証一部上場企業勤務の父に育てられ、妻の実家もほぼ同じ状況。

 

 -自分の興味はテクノロジーだけ。子供達が大学に行くか手に職をつければければそれで人生御の字と考えている。

 

どうだろうか。資産家とまではいかないが、労働者階級としては随分と恵まれているように思う。多分十分に生活が成り立つだろう。

 

 ただ、最近不安なのだ。このままこの状況を維持できるのかというとそうでは無い気がしている。

 

それは今後国の将来がこういう風になっていって生きづらくなるのだろうと考えているからだ。

 

  1. 長時間労働

  これが残り続ける事で、私の子供達は生き生きと働く事が難しくなるだろう。

 

  働けたとしても常に精神と身体の健康が脅かされている状態となる

 

 2. 少子高齢化

  生活が成り立つだけの賃金の獲得がより難しくなるだろう。

 

  また、介護のためにより労働時間が減る中でそれを達成しなければならない。

 

  私の子供達が大人になる頃には人口の半分が高齢者となる見込である。

 

 3. グローバル化による賃金の適正化

  これまで先進国として享受してきた高い賃金はきっと、他の国方々と同じ水準まで落ちるのだろう。

 

  日本においては貧しい人が増えるということだ。

 

  これ自体は世界全体として見れば悲しむ事では無い。

 

  また、貧しくとも幸せに暮らせる方法はきっとある。

 

  ただ、貧しくとも暮らせる社会のインフラ、貧しくとも未来を描ける価値観の変化とセットで無ければ、不幸な人が増えると思う。

 

 

  これから、一介の市井に生きる者として、この課題にどう対処するか、ネットの片隅のこのブログで考えて行きたいと思う。

 

  既に論じられている事は多い。解決策が見えていることも多い。しかし、何故それが出来ないのか、これがテーマである。

 

 

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